2016.06.14

新国際租税ルールBEPSで変わるグローバルM&A

 経済のグローバル化と企業の旺盛な投資意欲を背景に、世界のM&A(合併、買収)が勢いづいている。2015年から好調が続いているが、2016年も後半にさしかかり、M&Aについて租税の観点から新たなチャレンジが注目されつつある。企業や富裕層の課税逃れに歯止めをかけるべく各国が導入を急ぐ新しい国際租税ルール、BEPS(Base Erosion and Profit Shifting = 税源浸食と利益移転)プロジェクトだ。

 

 OECD(経済協力開発機構)が旗振り役として策定したガイドラインには15の行動計画があり、その多くがM&A活動に影響する。グローバル企業はM&Aを検討する過程で、これまで以上にタックスリスク(税のリスク)を意識しなければならなくなっている。

 

M&A総額、過去最高に

 

 2015年は、グローバルM&Aにとって記録的な一年となった。日本でも大きく報道されたビール世界最大手アンハイザー・ブッシュ・インヘブ(ベルギー)によるSABミラー(ベルギー)の買収や、ロイヤル・ダッチ・シェル(英蘭)による天然ガス開発大手のBGグループ(英)の買収などのメガディールにより、昨年全世界のM&A活動(全取引の合計額)は過去最高となり、リーマンショック前の水準を更新した。

 

 件数こそ2007年のピークを回復していないものの、案件の大型化により企業合併・買収は活況だ。米国におけるアウトバウンド(現地企業による外国企業の買収)・インバウンド(外国企業による現地企業の買収)M&Aがともに高水準にあることや、国内経済の減速により経済のリバランシングを迫られた中国企業がアウトバウンドM&Aを活発に行っている、といった側面がある。

 

 世界経済の下振れリスクは懸念材料だが、M&Aのみに着目すれば、そのような懸念は企業の投資意欲を削ぐまでには至っていないようだ。EYが今年4月に実施したGlobal Capital Confidence Barometer調査の最新版によると、50%の回答企業が今後1年間、積極的にM&A活動を行うと答えた。



インパクトは広範囲に

 

 しかし、2016年に入り、M&Aの世界では新たなテーマがクローズアップされるようになった。BEPS対応である。

 

 5月下旬に開催された伊勢志摩サミットでG7首脳は、OECDが策定したBEPSプロジェクトの行動計画の着実な実行を確認した。これを受けて、BEPS参加国は制度導入のための体制整備を加速させることになるが、企業の側からすると、自社のBEPS対応を検証するのみならず、M&AにおいてもBEPSの影響に目を向けなれればならないことを意味する。

 

 BEPSは、デューデリジェンス(企業の適正評価手続き)やバリュエーション(投資の価値計算)を含む契約締結までのプロセスのみならず、契約成立後も事業統合や税務申告書の作成といった税務コンプライアンスに至るまで細かい配慮が求められるようになる。

 

 例えば、1から15まであるBEPS行動計画の2には、ハイブリッド・ミスマッチに関する提言がなされている。「ハイブリッド・ミスマッチ」とは、金融商品や事業体が国により税務上、異なった取扱いを受ける状況を指す。特に欧米の多国籍企業はこの差異を利用してタックス・プランニングを画策してきたという現実がある。

 

 ハイブリッド・ミスマッチを無効化するため、各国はすでに国内法や租税条約上の措置を講じ始めているが、これにより今まで享受できていた税務メリットが失われる可能性がある。これをM&Aに置き換えると、買収対象となる企業の価値が低く評価される場合があり、買収に必要な資金調達に悪影響が出ることも考えられる。

 

 また、少しでも有利な税制上の条件を取り付けるため「条約漁り(treaty shopping)」と認定されかねない行為が見受けられる場面もあったが、条約の濫用防止について提言する行動計画6により、自社の案件に有利な条約の条項を使うことには、より一層の慎重さが求められることとなる。

 

BEPS導入への対処法

 

 BEPSで変化するM&A活動に、企業はどう対処すればいいか。やるべきことは多い、と専門家は指摘する。

 

 まず重要なのは多様化、高度化する税務リスクに万全に備えるということだ。BEPSプロジェクトが現在、国レベルに落とし込まれているが、国ごとでその解釈や運用方法に違いが出ることが予想され、不確実性が増すとされる。このようなリスクを入念に検証し、過去の経験則に捕らわれず、柔軟な姿勢でM&Aに臨むべきであろう。

 

 「これからBEPSのルールが導入されることになるが、いままでのM&Aにおける税務デューデリジェンスは伝統的に過去の税務リスクの有無に焦点を当てていた。これからは、買った後、どうなるのかという目線が特に必要。将来にどう影響するかを見なければならない」と分析するのは、EY税理士法人トランザクションタックス部でM&Aを担当する服部孝一パートナー。

 

 特に日本企業は、統合後のシナジー(相乗効果)発現に苦戦しているといわれている。世界中のM&Aの8割が結果的に失敗に終わるとされる中、日本企業は高い買い物に掴まされないよう注意しなければならない。

 

 しかし、リスクばかりに目を向けるだけでは、十分でない。BEPSは、M&Aのプロセス全体に影響を及ぼすので、まず統合前にどのような税務上のインパクトがあるのかを検討し、さらには統合後、両社にとって理想的な組織体を構築しなければならない。そこには大胆な事業の統廃合を含むかもしれないし、部門の縮小を伴うかもしれないが、税の最適化・効率化を達成できるスペースはどの案件でも潜在的に存在する。

 

 M&Aの好況は今後も続くと見られているが、BEPSの導入で企業はこれまで以上に周到にM&Aを行わなければならないことは間違いなさそうだ。


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