2019.08.29

米中間の緊張の高まりがディール市場に与える影響

 米中貿易摩擦はディール、特に大規模なクロスボーダー買収への意欲を弱めたが、企業は依然として戦術的な動きをしている。

 

 現在の米中間の意見の相違は、表面上は経済情勢とビジネス上の利益に関するものである。しかし、貿易摩擦の根底にあるのは両国間の基本的なイデオロギーの違いである。

 

M&Aにとって困難な環境

 

 EYグローバル・ジオストラテジック・ビジネス・グループのリーダーであるジョン・シャームスは次のように述べている。「米国と中国が緊張関係にあり、二国間の経済的相互依存が高い水準にあることから、企業はますます事業環境が厳しくなっていると考えている。関税とクロスボーダー取引の監視の強化はM&Aのスケジュールに影響を与えている」

 

 リフィニティブ(トムソン・ロイターのファイナンシャル・リスク部門の新しい名称)のアナリストによると、2018年第3四半期に発表された世界全体の取引額は前四半期に比べて35%減少し、新規ディールの数は2013年以来の最低水準だった。

 

 さらに、過去5年間のM&A市場を特徴付けていた大規模なクロスボーダー取引は、貿易摩擦が続く中、成立させるのがますます難しくなっている。そうした「メガ」取引についてアドバイスを行っているJPモルガンは、2018年には、100億米ドルを超える価値のある取引16件が完了までに1年超かかったと報告している。

 

M&Aに対する関税の影響 93%

 

 EYが2019年1月に実施したトレードサーベイ(Trade Survey)によると、回答者のほぼ全員が関税は自社のM&A計画に影響を与えると考えている。

 

 米中貿易摩擦の影響を受けている多くの人々は、現在の水準の予測不可能性に対峙(たいじ)するではなく、様子見の戦略をとることを選択している。ロンドンを拠点とするEYグローバル・バイスチェア(トランザクション・アドバイザリー・サービス)のスティーブ・クロースコスは次のように述べている。「地政学的、貿易および関税の不確実性のため、一部のディールメーカーは最終的に取引を中断した」

 

 2019年1月のトレードサーベイでは、米国経営幹部の78%が貿易摩擦によって米国が不況に陥る可能性が高いと考えていることが分かった。ほぼすべての回答者(93%)が、関税は自社のM&A計画に影響を与えると考えている。

 

中国は反発に直面

 

 一つの大きな違いは、2018年の中国による米国企業の買収が2年前のピーク時から95%減少したことだ。米国企業に対する中国の支出は、2016年の553億米ドルから昨年は3億米ドルにまで減少し、米国当局はいくつかの大きなディールを拒否している。

 

 グローバルな金融情報プロバイダーであるマージャーマーケット(Mergermarket)のリサーチエディターであるエリザベス・リム氏は次にように説明している。「貿易摩擦の激化、政情不安、規制当局による監視の強化により、この1年間のディールの数が減少した。ただ、ディールの額は比較的高い水準にとどまっている」

 

 依然としてディールは行われているが、過年度に比べて数も金額も減少している。中国が米国への依存を減らすよう努力しているため、欧州や東南アジアが中心的な役割を果たすようになっている。

 

 最も大きなディールの一つが、Alibabaが所有する中国のオンライン決済会社Ant Financialによる米国の送金会社MoneyGramの12億米ドルの買収である。この買収は、国家安全保障上の懸念を理由に対米外国投資委員会(US Committee on Foreign Investment)によって拒否された。その後、Ant Financialは多国籍投資家のコンソーシアムから140億米ドルを調達した。

 

 依然としてディールは行われているが、過年度に比べて数も金額も減少している。中国が米国への依存を減らすよう努力しているため、欧州や東南アジアが中心的な役割を果たすようになっている。

 

 2018年7月、中国の李克強首相は北京でEU首脳と会談し、自由貿易と多国間主義の必要性について合意した。双方はまた、世界貿易機関(WTO)の改革に協力することで合意した。欧州での中国の入札はその後1年間で332億ドルから604億ドルへと81.7%増加した。

 

 それでも、英国、ドイツ、フランスが投資について慎重な審査を行っているため、中国にとっては容易な道とはなっていない。ドイツは、煙台台海集団によるドイツの工作機械メーカー、Leifeld Metal Spinning AGの買収案を含むディールを拒否した。再び国家安全保障上の懸念を理由としてのことである。

 

多様化を目指す企業

 

 一方、中国の経済成長の鈍化と相まって進行中の貿易摩擦を受けて、企業は自社の生産とサプライチェーンの多様化を促進している。2019年1月のトレードサーベイによると、テクノロジー企業の57%、自動車企業の53%が購入や調達の戦略を見直していた。

 

 インドネシアやカンボジアの企業の調査に対するバイヤーからの需要は50%以上増加し、東南アジア全体で需要が増加している。サーベイによると、衣料品企業にとって人気の製造拠点であるバングラデシュでは、バイヤーの関心の結果、調査が37%増加した。

 

 他の企業は、基本的な製造を中国本土に維持しながら、付加価値のある活動を台湾やシンガポールに移転しようとしている。これは、米国税関国境警備局(Customs and Border Protection: CBP)の非特恵原産地規則によれば、最後の重要な変換(高度な組み立て、ソフトウェアのダウンロード、またはその他の付加価値の高い活動の要素となり得る)の場所が原産国と見なされ、その結果、関税が軽減されるためである。

 

 インドは、中国がかつてそうであったように、成長する中産階級市場に直接アクセスできる費用対効果の高い製造拠点である。そのため、すでに注目を集めている。

 

 貿易摩擦が起きても、プライベート・エクイティ企業にとってはアジアの消費ブームのおかげで明るい見通しと投資機会がある。プライベート・エクイティハウスであるWarburg Pincus、KKR、TPGはすべて、インドネシアとベトナムに多額の投資を行った。一方、Morgan Stanley Private Equity Asiaはタイに焦点を当てたファンドで4億4,000万米ドル超を調達した。

 

 世界銀行の貿易政策および統合担当の首席エコノミスト兼グローバルプロダクトスペシャリストであるマイケル・J・フェランティーノ氏は次のように述べている。「貿易摩擦が続けば、インドを含む他の新興国は、海外投資が中国から他の国にある程度向かうことによって恩恵を受ける可能性がある。」

 

 インドは、中国がかつてそうであったように、成長する中産階級市場に直接アクセスできる費用対効果の高い製造拠点である。そのため、すでに注目を集めている。例えば、小売業者のWalmartは2018年に、インド最大のオンライン小売業者であるFlipkartの株式購入に160億米ドルを費やした。

 

米国企業、潤沢な現金を保有

 

 サンディエゴのアーンスト・アンド・ヤングLLPのグローバル・トレード・プラクティスのシニアマネジャーであるリンリー・ブラウンは、「貿易摩擦の結果、米国による中国で製造を行っている企業の買収が減速した」と説明しているが、「裏側にあるのは米国の税制改革だ」と付け加えている。

 

 2018年の税制改革により、多くの米国企業は現金をたくさん持つようになり、2019年のディール市場を下支えするのに役立った。このことにより、1月から3週間で米国の海外買収に対する支出が史上最高の301億米ドルに達した理由が説明できる可能性がある。リフィニティブのデータによれば、中国への支出だけではない。

 

 しかし、ほとんどの場合、米国企業は国内で支出しており、国内の合併および買収は今年最初の3週間で前年同期比41%増となった。この数字に寄与したのは、Bristol-Myers Squibbによるライバル製薬企業Celgene Corpの740億米ドルの買収である。しかし、2019年のEYのトレードサーベイによると、この傾向は今後も続くものであり、60%の企業が米国内でM&Aを推進すると回答している。

 

 米国企業は国内で支出しており、国内の合併および買収は今年最初の3週間で前年同期比41%増となった。

 

 税金が中心的な役割を果たしており、いくつかの金銭的インセンティブが米国市場への関心を高めている。新たな国外無形資産所得(Foreign-Derived Intangible Income:FDII)控除は米国輸出企業に好材料で、外国に販路を有する米国拠点の製造工場への関心が高まっている。

 

アクションポイント

 

  • 生産拠点の移動やサプライヤーの変更は時間がかかるため、貿易協議の結果が判明するまで関税の影響を軽減すべく、原産地もしくは関税評価のプランニングおよびタリフ・エンジニアリングなどの他の戦略を検討することが賢明である。
  • 正しい統一関税コードを使用していることを確認し、コードを変更するために別の形態で製品を輸入できるか検討する(例えば、組み立てる、分解する)。
  • 中国本土の生産規模を確認し、台湾とシンガポール(もしくは他の実行可能な場所)を原産国の目的で活用する。
  • 一般に関税の計算の基礎となる輸入価格を確認し、米国向けに有利となるファースト・セール・ルールを使用できるか検討する。
  • 輸入割当に達した場合に生産品を保管する外国貿易地域(FTZ)の設立を検討する。例えば、米国の港の外にある船舶が鉄鋼で一杯になった場合に役立つ。

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